株式投資の世界には、大きな利益を得るチャンスがある一方で、予期せぬ損失を被るリスクも潜んでいます。特に、株式投資を始めたばかりの初心者にとって注意が必要なのが「仕手株(してかぶ)」と呼ばれる種類の株式です。一見すると短期間で大きな利益を狙える魅力的な投資対象に見えるかもしれませんが、その裏には多くの危険が潜んでいます。本稿では、株式投資における「仕手株」とは一体何なのか、そして初心者がそのような株式に投資する際に注意すべき点について詳しく解説します。
「仕手株」とは?
株式投資の世界で「仕手株」という言葉は、短期間に株価が大きく変動する可能性のある銘柄を指します。これは、特定の投資家グループ、いわゆる「仕手(して)」または「仕手筋(してすじ)」と呼ばれる人々が、意図的に株価を操作しようと売買の対象として取り上げることに起因します 。これらの「仕手筋」は、潤沢な資金力を背景に、投機的な売買によって株価を操り、短期間で巨額の利益を得ることを目指しています 。
「仕手株」であるかどうかは、明確に区別することが難しい場合が多く、市場の状況によって変動することもあります 。しかし、一般的には、企業の業績やファンダメンタルズ要因とは関係なく、投機的な動きによって株価が激しく変動する銘柄が「仕手株」と認識されています 。過去には、会社四季報のような信頼性の高い情報源でさえ、「仕手株」と明記されていた銘柄も存在しました 。これは、かつては「仕手株」という現象が、現在よりも公然と認識されていたことを示唆しています。
「仕手筋」は、発行済株式数の少ない小型株を好んで取引の対象とする傾向があります 。これは、少額の資金でも株価を大きく動かすことができるためです。彼らは、株価を意図的に上昇させたり、下落させたりすることで利益を得ようとします 。
仕手株の価格が操作される仕組み
仕手株の価格は、「仕手筋」と呼ばれる投資家や投資集団によって、組織的に操作されることがあります 。そのプロセスは、一般的に以下の3つの段階を経て進行します。
- 玉集め(たまあつめ): これは、仕手筋が株価を上昇させようと狙った銘柄の株式を、他の投資家に気づかれないように少しずつ買い集める段階です 。大量に一度に買い付けると、他の投資家に察知され、株価が不自然に上昇してしまうのを避けるため、時間をかけて静かに買い増していきます 。
- 玉転がし(たまころがし): 十分な量の株式を確保した後、仕手筋は一気に大量の買い注文を出し、出来高を急増させます 。これにより、株価は急騰し、市場の注目を集めます 。この段階で、何も知らない一般の投資家は「まだ株価が上がるのではないか」「何か好材料が出たのではないか」と考え、買い注文を入れ始めます 。仕手筋は、この一般投資家の買いを誘い込むために、さらに株価を吊り上げるような動きを見せることもあります。注目すべき点として、仕手筋は、玉集めの際に購入した株式を一旦売却し、その後さらに高値で買い戻すことで、あたかも市場の需要が高いかのように見せかけることがあります 。
- ふるい落とし: 株価が十分に上昇し、多くの一般投資家が買いを入れたところで、仕手筋は保有している大量の株式を売り始めます 。これにより、株価は一転して急落します。高値で購入した一般投資家は、損失を恐れてさらに売りを出し、株価はストップ安になることもあります 。このようにして、仕手筋は安く買い集めた株を高値で売り抜け、利益を確定させるのです。
この一連の株価操作の背後には、仕手筋による巧みな情報操作や思惑が働いています 。株価が上昇する根拠や材料が実際には存在しないにもかかわらず、あたかも将来性があるかのように見せかけることで、一般投資家を誘い込むのです。
注意すべきリスク
株式投資の初心者が仕手株に手を出すことは、非常に危険な行為と言わざるを得ません。なぜなら、仕手株には以下のような多くのリスクが伴うからです。
- 株価の急変動と予測の困難性: 仕手株の株価は、仕手筋の意図的な操作によって短期間で大きく変動します 。企業の業績や経済状況といったファンダメンタルズ要因とは無関係に動くため、一般的な投資家が値動きを予測することは極めて困難です 。
- 大きな損失を被る可能性: 株価が急騰した後に高値で飛びついた初心者は、仕手筋が売り抜けた後の株価暴落に巻き込まれ、大きな損失を被る可能性が非常に高いです 。特に、投資経験の浅い初心者は、冷静な判断ができずに感情的に売買を繰り返し、損失を拡大させてしまうことがあります。
- 相場操縦による犯罪性: 仕手株の取引は、多くの場合、相場操縦という違法行為に該当します 。相場操縦は、市場の公正性を損ない、他の投資家に損害を与える行為として、金融商品取引法で禁止されています。個人が仕手株に乗じた場合でも、状況によっては法的な責任を問われる可能性も否定できません 。
- 仕手筋の売り抜けによる損失: 個人投資家が仕手株であると気づいた頃には、すでに仕手筋は利益を確定し、売り抜けの準備に入っていることが多いです 。莫大な資金力を持つ仕手筋に対抗することは、一般の個人投資家には不可能に近く、最終的には大きな損失を被ることになります。
仕手株を見分けるための兆候や特徴
初心者が仕手株を完全に避けるためには、それらの兆候や特徴をある程度理解しておく必要があります。
- 株価が安い: 仕手筋は、比較的少額の資金で株価を動かしやすい低価格帯の株式をターゲットにする傾向があります 。一般的に、株価が500円以下の銘柄は注意が必要です 。
- 発行済株式数が少ない: 発行されている株式の数が少ない銘柄は、市場に出回る株式数も少なくなり、特定の投資家が買い集めやすいため、株価をコントロールしやすくなります 。発行済株式数が6,000万株未満の銘柄は、仕手筋のターゲットになりやすいと考えられています 。
- 出来高が少ない: 通常の取引量が少ない銘柄は、仕手筋が介入した際に出来高が急増することがあります 。普段はほとんど取引がないような銘柄で、突如として出来高が伴って株価が急騰した場合は、注意が必要です。
- 不自然な株価の急騰: 明確な好材料や業績の裏付けがないにもかかわらず、株価が短期間に異常なほど上昇している場合、仕手筋による意図的な操作が行われている可能性があります 。
- 仕手筋に関する噂: インターネットの掲示板やSNSなどで、特定の銘柄に対して仕手筋が介入しているという噂が流れることがあります 。このような情報は、株価をさらに吊り上げるための意図的なものである可能性もあるため、鵜呑みにしないようにしましょう。
これらの特徴が全て揃っているわけではありませんが、複数の兆候が見られる場合は、その銘柄への投資を慎重に検討する必要があります。もし保有している銘柄に明らかな仕手株の疑いが出た際には、速やかに売却することが推奨されます。
株価操作に関連する日本の法律や規制
日本の金融商品取引法では、公正な価格形成を阻害する行為として、株価操作(相場操縦)が厳しく禁止されています。
- 風説の流布・偽計: 株価を変動させる目的で、根拠のない噂を広めたり、他人を欺くような行為を行うことは禁止されています 。
- 見せ玉: 実際には売買する意思がないにもかかわらず、大量の注文を発注・取消・訂正などを繰り返し、他の投資家を誤解させる行為は禁止されています 。
- 買い上がり・売り崩し: 株価を意図的に上昇または下落させる目的で、連続して高値で買い付けたり、安値で売り付けたりする行為は禁止されています 。
- 株価の固定・釘付け: 特定の価格帯で株価を維持または変動させないようにする行為は禁止されています 。
- 終値関与: 取引終了間際に意図的に注文を出し、終値を操作する行為は禁止されています 。
- 仮装売買・馴合い通謀売買: 権利の移転を目的としない売買や、あらかじめ通謀した者同士で行う売買など、市場が活況であるかのように見せかける行為は禁止されています 。
これらの相場操縦行為を行った場合、個人には10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方が科せられる可能性があります 。さらに、不正な利益を得た場合には、その利益が没収されることもあります 。法人が関与した場合には、より高額な罰金が科されることがあります 。これらの違反行為は、証券取引等監視委員会(SESC)によって厳しく監視されています。
仕手株に関する過去の事例
過去には、様々な仕手株に関する事例が存在します。これらの事例から、仕手株の危険性や注意すべき点を学ぶことができます :
年代 | 銘柄名 | 主な関係者/特徴 | 結果/教訓 |
---|---|---|---|
1896年 | 参宮鉄道株 | 鉄道ブーム、小資本、浮動株少 | 激しい仕手戦、解合い |
1948年 | 東洋紡事件 | 戦後混乱期、集団取引 | 株価急騰と混乱 |
1995-96年 | 兼松日産農林 | 加藤暠氏「新しい風の会」 | 株価が400円から5310円まで上昇後、下落 |
2012年 | 新日本理化 | 加藤暠氏 | 株価が短期間で急騰後、暴落。加藤氏が相場操縦で逮捕 |
2020年 | フルッタフルッタ | 低株価、発行株式数少 | 仕手株の疑惑 |
1896年の参宮鉄道株の仕手戦は、株式市場における買占めの初期の事例として知られています 。また、戦後の混乱期には、東洋紡の株式を巡る集団取引が活況を呈しましたが、その後混乱を招きました 。1990年代には、加藤暠氏率いる「誠備グループ」が兼松日産農林などの株価を大きく変動させました 。近年では、2012年に新日本理化の株価が急騰後に暴落し、加藤氏が相場操縦で逮捕されるという事件も起きました 。2020年には、フルッタフルッタの株価が短期間で大きく変動し、仕手株ではないかという疑惑が持ち上がりました 。
これらの事例に共通して見られるのは、株価が短期間で異常なほど上昇した後、急激に下落し、高値で買った投資家が大きな損失を被るというパターンです。また、かつては会社四季報に「仕手株」と記載される銘柄も存在しましたが、現在ではそのような表記は見られなくなりました 。2016年には、任天堂の株価がポケモンGOのリリースをきっかけに急騰しましたが、これも一種の熱狂的な買いによるもので、仕手株のような値動きを見せました。
仕手株への投資を避けるためにできること
株式投資を始めたばかりの初心者が、危険な仕手株に巻き込まれないためには、以下の点に注意することが重要です :
- ファンダメンタルズ分析を重視する:短期的な株価の動きに惑わされず、企業の業績や財務状況、成長性などを分析するファンダメンタルズ分析に基づいて投資判断を行いましょう 。
- 異常な値動きに注意する: 株価が明確な理由もなく急騰している銘柄には、安易に飛びつかないようにしましょう 。
- 出来高の急増に注意する: 普段取引が少ない銘柄で、急に出来高が増加した場合、その理由を慎重に検討しましょう 。
- 低位株・小型株への過度な投資を避ける: 低価格帯の株式や、発行済株式数の少ない小型株は、仕手筋のターゲットになりやすい傾向があるため、注意が必要です 。
- 噂や根拠のない情報に惑わされない: インターネットやSNSなどで流れる、出所不明な情報や噂に基づいて投資判断をすることは避けましょう 。
- 短期的な利益を追い求めすぎない: 短期間で大きな利益を得ようとするのではなく、長期的な視点で安定した投資を心がけましょう 。
- 情報収集を怠らない: 投資する際には、企業の公式発表や信頼できる情報源から情報を収集し、多角的に分析することが重要です。
- 怪しい投資勧誘に注意する: 甘い言葉で勧誘してくるような情報には、十分に注意しましょう。特に、「必ず儲かる」「近いうちに株価が急騰する」といった言葉には警戒が必要です。
- リスク管理を徹底する: 分散投資を心がけ、一つの銘柄に集中投資することは避けましょう。また、損失が出た場合の対応も事前に決めておくことが大切です。もし、保有している銘柄が仕手株かもしれないと感じたら、損失が拡大する前に売却することも検討しましょう 。
近年では、以前のように明確な「仕手株」という概念はなくなりつつあり、自動売買などの影響で、どの株も仕手株のような動きをすることがあります。そのため、短期的な売買に過度に依存するのではなく、中長期的な視点での投資がより推奨されています。
まとめ
「仕手株」は、特定の投資家グループによる意図的な株価操作が行われる可能性のある株式であり、特に株式投資の初心者にとっては非常にリスクの高い投資対象です。株価が短期間で大きく変動する可能性がある一方で、その動きは企業のファンダメンタルズ要因とは無関係であり、予測が困難です。安易に高値で飛びつくと、仕手筋が売り抜けた後の株価暴落に巻き込まれ、大きな損失を被る危険性があります。
初心者は、仕手株の特徴や価格操作の仕組みを理解し、今回ご紹介した注意点を守ることで、そのようなリスクを回避することができます。短期的な利益に目を奪われることなく、ファンダメンタルズ分析に基づいた健全な投資を心がけ、長期的な視点で資産形成を目指すことが大切です。株式投資は、正しい知識と冷静な判断力があれば、資産を増やすための有効な手段となります。焦らず、着実に投資の知識と経験を積み重ねていきましょう。
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