2020年初頭に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界中の人々の生活に大きな影響を与えました。この未曽有の健康危機は、経済活動や金融市場にも深刻な混乱をもたらしました。本稿では、特に株式市場におけるコロナショックとは何だったのか、その発生から回復までの経緯を、投資を始めたばかりの初心者の方にも分かりやすく解説します。株価が大きく変動した時期、その背景にあった要因、そして市場の安定化に向けてアメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)がどのような対応を取ったのかを詳しく見ていきましょう。
コロナショックの発生と株価の急落
世界中の株式市場は、2020年2月20日頃から突然のように大きく値を下げ始めました 。これは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対する不安が急速に高まったことが原因です。特に3月に入ると売り圧力は一層強まり、中旬にかけて株価は急落の一途を辿りました 。
この時期には、歴史的な一日として記憶されるような株価の大幅な下落が相次ぎました。3月9日は「ブラックマンデーI」と呼ばれ、多くの国の株式市場で深刻な収縮が見られました 。ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均(DJIA)は、この日2,013.76ドル(7.79%)もの下落を記録しました 。その3日後の3月12日には「ブラックサーズデー」が発生し、ヨーロッパや北米の株式市場で9%を超える株価の下落が見られました。ウォール街では、1987年のブラックマンデー以来となる最大の単日での下落率を記録し、イタリアのFTSE MIB指数は約17%も下落するなど、市場は大きな混乱に見舞われました 。一時的に3月13日に市場は反発を見せたものの、3月16日に市場が再開すると、ウォール街の主要3指数は再び12%以上も下落しました。この日は「ブラックマンデーII」とも呼ばれ、世界中の主要な株価指数が軒並み弱気相場入りとなりました 。
市場はかつてないほどの速さで調整局面入りしました。史上最高値を記録してからわずか6日間で、株価が10%以上下落する「調整」と呼ばれる状態になったのです 。これは、パンデミックの拡大という前例のない事態に対する投資家の強い警戒感を示していました。
なぜ株価は暴落したのか?
株価がこれほどまでに急落した背景には、いくつかの要因が複合的に絡み合っていました。最も大きな要因は、言うまでもなく新型コロナウイルスの急速な感染拡大と、それに伴う世界的な健康危機です 。ウイルスの感染力や致死率に対する懸念、そしてパンデミックの終息時期が全く見通せない状況が、世界経済の先行きに対する深い不安感を投資家の間に広げました 。
感染拡大を防ぐために各国政府が実施したロックダウン(都市封鎖)、事業閉鎖、渡航制限といった措置も、経済活動に大きなブレーキをかけました 。貿易や移動が滞り、多くの産業で前例のない損失が懸念されるようになったため、投資家は保有する株式を急いで売却する動きを強めました 。特に、パンデミックの期間や深刻度に関する不確実性が、市場のパニック的な売りを加速させました 。
さらに、世界的なサプライチェーンの混乱も株価下落に拍車をかけました。ロックダウンや航空便の停止によって、部品の調達や製品の輸送が滞り、多くの企業で生産活動が遅延したり、停止したりする事態が発生しました 。その結果、企業の収益や利益率が大幅に低下し、株価も下落しました。
2020年初頭には、ロシアとサウジアラビアの間で原油価格の引き下げ競争が起こり、国際原油市場に大量の原油が供給されるという出来事もありました 。パンデミックによる需要の減少と供給過剰が重なり、原油価格は急落しました。これは、エネルギー関連企業だけでなく、関連する様々な企業の株価にも悪影響を及ぼしました 。
投資家の心理も大きく影響しました。パンデミックが株式市場に与える影響に対する不安から、多くの投資家が損失回避の心理に陥りました 。過去の損失経験から、将来の同様の痛みを避けたいという心理が働き、株を手放して安全資産とされる金などに資金を移動させる動きが見られました 。また、メディアによるパンデミック関連の報道が過熱したことや、2008年の金融危機や1930年代の世界恐慌と比較する報道が多かったことも、投資家の恐怖心を煽り、大規模な売りにつながりました 。周りの投資家の行動に同調しようとする集団心理も、株価の急落を加速させる要因となりました 。
ショック前の世界経済と株式市場の状況
コロナショックが発生する前の世界経済は、緩やかな成長を続けていました。国際通貨基金(IMF)が2020年1月に発表した予測では、2020年の世界経済成長率は3.3%、2021年は3.4%と見込まれていましたが、これは一部の新興国経済の低迷などから、やや下方修正されたものでした 。世界銀行も2020年の世界経済成長率を2.5%と予測していました 。
アメリカ経済に目を向けると、2019年の実質GDP成長率は2.3%でした 。これは2018年の2.9%からは減速したものの、依然として堅調な成長を維持していました。2019年第4四半期には、年率換算で2.1%の成長を記録しています 。雇用情勢も非常に良好で、2020年1月の失業率は3.6%と、前月の3.5%からわずかに上昇したものの、依然として歴史的な低水準にありました 。
一方、日本の経済状況は、2019年の世界的な景気減速や米中貿易摩擦の影響を受けて、やや停滞感が見られました 。
コロナショック直前の株式市場は、アメリカを中心に活況を呈していました。2020年2月19日頃には、ダウ工業株30種平均、ナスダック総合指数、S&P 500指数はいずれも過去最高値を更新していました 。これは、リーマンショック後の経済回復から10年以上にわたる景気拡大が続いていたこと、そして世界的に失業率が低下し、生活水準が向上していたことが背景にありました 。日本の株式市場も、世界的な株高の流れを受けて、比較的安定した、あるいは上昇傾向にありました。
FRBの迅速な対応
株式市場の急落と経済の悪化懸念に対応するため、アメリカの中央銀行であるFRBは迅速かつ大規模な金融政策を実施しました。その主な内容は以下の通りです。
まず、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を大幅に引き下げました。3月3日と3月15日の緊急会合で、合計1.5%ポイントの利下げを実施し、FF金利の誘導目標レンジを0%~0.25%にまで引き下げました 。これは、企業や家計の借入コストを低下させ、支出を促すことを目的としていました 。また、FRBは、市中銀行がFRBに預ける準備預金に対する金利や、超過準備預金に対する金利も引き下げました 。さらに、市中銀行がFRBから資金を借りる際の金利である公定歩合も、3月4日に0.5%ポイント引き下げられました 。
次に、量的緩和(QE)と呼ばれる大規模な資産買い入れを実施しました。3月15日に国債と住宅ローン担保証券(MBS)の購入を再開し 、3月23日には購入額に上限を設けない無制限の量的緩和へと拡大しました 。当初は市場の機能回復を目的としていましたが 、その後は経済を下支えするため、毎月800億ドルの米国債と400億ドルの機関MBSを購入するペースを継続しました 。この量的緩和によって、長期金利の低下と金融システムへの流動性供給を図りました 。FRBのバランスシートは急速に拡大し、2020年3月には過去最高を更新し、5月には7兆ドルを超えました 。
さらに、金融市場の安定化を図るために、様々な緊急融資制度を創設しました。例えば、短期金融市場の安定化のために、マネー・マーケット・ミューチュアル・ファンド流動性ファシリティー(MMLF)を再開し 、レポ取引(現先取引)の規模を大幅に拡大して、金融機関に資金を供給しました 。具体的には、毎日1兆ドルの翌日物レポと、週に少なくとも一度5000億ドルの期間物レポを提供しました 。また、プライマリーディーラー信用ファシリティー(PDCF)を再開し、プライマリーディーラーに対して短期の資金供給を行いました 。その他にも、コマーシャルペーパー市場、社債市場、資産担保証券市場、州・地方自治体、中小企業などを支援するための新たな融資制度を次々と導入しました 。
FRBは、今後の金融政策の方針についても積極的に情報発信を行いました。当初は、経済が最近の出来事を乗り越え、最大限の雇用と物価安定の目標に向けて軌道に乗ったと確信するまで、政策金利をゼロ近辺に維持する方針を示し、その後、このガイダンスを強化しました 。ジェローム・パウエルFRB議長は、FRBは流動性を提供する権限は持つものの、財政支出を行う権限はないと強調しました 。
株価の動きはどう変わった?
コロナショックは、株式市場に大きな変動をもたらしました。
S&P 500指数は、2020年2月19日に史上最高値を記録した後、3月23日までに34%も下落しました 。3月9日には約7.6%、3月16日には約12%もの大幅な下落を記録しています。
日本の日経平均株価も、2020年の初めに23,204.86円で取引を開始しましたが、パンデミックの拡大とともに下落し、3月中旬には16,552.83円まで値を下げ、1ヶ月足らずの間に33%もの下落となりました。
市場全体として、株価の急激な変動が日常となり、1日で10%を超えるような値動きも珍しくありませんでした 。アメリカのVIX指数(恐怖指数)は、1929年の大恐慌や1987年のブラックマンデーに匹敵するほどの高い水準に達しました。
市場では、「キャッシュ・イズ・キング」という言葉が改めて意識され、投資家は現金や流動性の高い資産を求める動きが強まりました。株などのリスク資産は売られ、安全資産とされる国債などに資金が移動する現象が見られました。
株価指数 | ピーク時期 | 底値時期 | 下落率 |
---|---|---|---|
S&P 500 | 2020年2月19日 | 2020年3月23日 | 約-34% |
日経平均株価 | 2020年初頭 | 2020年3月中旬 | 約-33% |
市場はどう立ち直ったのか
株価は急落したものの、その後比較的早いペースで回復に向かいました。その背景には、以下のような要因が挙げられます。
まず、各国政府と中央銀行による大規模な景気刺激策が効果を発揮しました。FRBによる流動性供給や大幅な金融緩和(ゼロ金利政策と大規模な資産買い入れ)は、経済の回復を支え、株式を含む資産価格を押し上げました 。アメリカ政府による2兆2000億ドル規模のCARES法(コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法)をはじめとする財政出動も、経済を下支えする大きな要因となりました 。世界的に見ても、各国政府が実施した感染抑制策や経済対策が、企業の株価を概ね押し上げる効果をもたらしました 。
また、新型コロナウイルスのワクチン開発と普及が進んだことも、市場の回復に大きく貢献しました。ワクチンの有効性に関するニュースや、大規模なワクチン接種の開始は、経済と金融市場の安定に対する新たな楽観的な見方を投資家に与えました 。2020年11月にファイザーとビオンテックが開発したワクチンの初期結果が発表された際には、世界中の株式市場が大きく上昇しました 。
経済活動の再開も市場の回復を後押ししました。各国がロックダウンの制限を徐々に解除し、経済活動が再開されるにつれて、投資家の心理は改善し、株価は回復に向かいました 。サービスや商品の消費の回復、そして企業の設備投資の増加も、景気回復と企業収益の改善に繋がり、株価を支えました 。
さらに、投資家の心理も変化していきました。パンデミックによる「新たな日常」に徐々に慣れていき、市場の変動にも対応するようになっていきました 。一部の個人投資家による「ミーム株」への投資が活況を呈するなど、投資行動にも変化が見られました 。
コロナショックから学ぶ教訓
コロナショックは、株式投資を行う上で多くの重要な教訓を与えてくれました。特に投資を始めたばかりの初心者の方にとって、以下の点は心に留めておくと良いでしょう。
まず、分散投資の重要性です。様々な種類の資産(株式、債券など)や、異なる地域や業種の株式に分散して投資することで、特定の部分で株価が大きく下落した場合でも、全体としての損失を抑えることができます 。コロナショックでは、業種によって株価の回復に大きな差が見られたことが、分散投資の重要性を改めて示しました 。
次に、長期的な視点を持つことの意義です。株式市場は短期的に大きく変動することがありますが、歴史的に見ると、一時的な下落の後には回復し、長期的には成長を続けてきました 。短期的な市場の動きに一喜一憂せず、長期的な目標を持って投資を続けることが大切です 。市場のタイミングを計ろうとするのは初心者には難しく、避けるべきでしょう 。
また、市場が大きく下落した際に、恐怖から安易に売却しないことも重要です 。パニック売りは、その後の市場回復の恩恵を受ける機会を失うことにつながりかねません 。
中央銀行のような金融当局が、金融危機の際に流動性を供給し、市場の機能を支える重要な役割を果たすことも理解しておきましょう。FRBの迅速な対応は、市場の安定化と回復に大きく貢献しました。
市場の暴落や回復の時期や期間を正確に予測することは非常に困難です 。コロナショックにおける急速な回復は、その予測の難しさを改めて示しました 。
最後に、自身のリスク許容度を理解しておくことも大切です。市場の変動は精神的な負担になることもあります。自分のリスク許容度に合わせて、無理のない範囲で投資を行うようにしましょう。
まとめ
コロナショックは、COVID-19パンデミックという予期せぬ事態によって引き起こされた、株式市場における急激かつ大規模な下落でした。アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は、金利の引き下げ、量的緩和、緊急融資制度の創設など、迅速かつ大規模な金融政策を実施し、市場の安定化に努めました。株式市場は一時的に大きく落ち込みましたが、政府や中央銀行の対策、ワクチン開発の進展、経済活動の再開などにより、比較的早いペースで回復しました。しかし、その回復は業種によって大きく異なるという特徴も見られました。
この経験は、投資家、特に初心者にとって、市場の不確実性、分散投資の重要性、長期的な視点の必要性、そして中央銀行の役割を学ぶ貴重な機会となりました。今後も予期せぬ市場の変動は起こりうるでしょう。過去の経験を活かし、常に情報を収集し、冷静な判断を心がけることで、将来の市場変動に備え、長期的な資産形成を目指していくことが重要です。
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